サマーディの段階
今朝の瞑想でも、ヤンチェンマ(チベットのサラスヴァティ)にフォーカスしました。
今回は対話にはならず、エネルギーがハートに流れ込んで来ました。
どこかから流れ込んでくるのが感じられたわけではないので、
正確には「流れ込んで来た」とは言えないかもしれないですが、
とにかくハートにエネルギーが溢れて来ました。
そのまま観察を続けていると、エネルギー的に、胸が膨らむような感触がありました。
それからそのままヤンチェンマのエネルギーは広がって、私の身体と重なるような感じになりました。
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ヨーガのサマーディ(悟り)には5つの段階があります。
まず大きく分けて、サムプラジュニャータ・サマーディ(有想三昧)とアサムプラジュニャータ・サマーディ(無想三昧)。
そしてサムプラジュニャータ・サマーディ(有想三昧)は4つに分かれており、
その1つ目はサヴィタルカ・サマーパッティ(対象を洞察した悟り)
2つ目はニルヴィタルカ・サマーパッティ(対象と一体になった悟り)。
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人によって体験の仕方は様々ですが、
私の身体とヤンチェンマのエネルギーが重なった状態は
まさにこの対象と一体になった状態です。
そしてこのまま深めれば、第3段階以降にも移行できる状態。
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前回の投稿で、瞑想の深さと抽象度について少し触れました。
今回の体験は、そのこと(特に「負荷がかかる」と書いたこと)に対するヤンチェンマの反応という側面もあるようです。
つまり、人格神レベルへのアクセスが、神格のエネルギーへのダイレクトなアクセスよりも具象的であるとしても、
そこから抽象度の高い瞑想の深みへは、私が考えていたよりも問題なく移行できるということです。